20060526

・どんな瞬間が楽しいかと聞かれたら、アイディアがドライブしているときだと答えよう。

・アイディアは、アイディアとして完成した時点で、一度閉じてしまう。それを実現することはときにとても退屈だから、その力を持った人はとても少ない(ぼくはこれまでも常にそうありたいと思ってそれなりにやってきたけれど、まだまだ足りない)。発想力を重んじすぎず、実現力を軽んじすぎないこと。実現力のない人に限って、発想をオープンにすることができない。発想力と実現力を兼ね備えている人は、自分で全てを実現することができないことや、誰かの小さなアイディアによって大きなアイディアが完成することをよく知っているので、自分の発想=アイディアをオープンにすることに躊躇がない。それは自信ということでもあると同時に、謙虚ということでもあるから、素敵だ。

・Kくんは「それは言えないな」という台詞はもう古くさく聴こえる、といっていて、ぼくもまったくその通りだと思った。Googleの上にある情報が増えれば増えるほど(もちろん、永遠にパブリックには語られない種類のことというのはあって、それが「言えない」ままなのは致し方ないけれども)、隠すことで守られるものよりも、開くことで広がるもののほうがどんどん大きくなっていく。

・アイディアをドライブさせるのは、日頃の思考回路のクセのつけ方のバリエーションと、自分とは違うクセを持った誰かとの対話だ。

・遊んでないのに遊んでそうと言われ、セクハラ疑惑さえ立ったりするが、実際は女性慣れしているだけでとても紳士的な、ある尊敬する人がいて、その人が自著に書いた「妻に捧げる」ということばが(よく見る表現だけれど、知っている人なだけに)とても素敵だった。ぼくも「妻に捧げる」と言える相手と結婚したいと思った。

・日々感謝すること。生きていることに、食べられていることに、まあまあ健康であることに、そして、スーツを着なくていいことに(というフレーズを思いついて、こういうちょっとした皮肉みたいなものがなぜか翻訳調に感じるのは、日本にそういう文化がないからだろうと思った)。

・携帯電話によって待ち合わせができなくなったことは、キーボードによって漢字が書けなくなったことと比較すると面白い。前者は動物的で身体的ななんらかの(しかしはっきりしない)ものの欠如であり、後者は人間的で文化的ななんらかの(しかしはっきりしない)ものの欠如であるのだけれど、それらは両方ともそのツールがある限りほとんど困ることがなく、そしてこの変化が人間にとって進化なのか退化なのかがとても判断しにくい。
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by ntsn | 2006-05-26 00:00


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